京都国立博物館で「国宝」の展覧会が始まるというわけで…
〝国宝〟という言葉が誕生して120年実は意外なヒミツが満載です!
Oggiモデル有村実樹が美術ライター橋本麻里さんに聞きました!
はしもとまり●1972年生まれ。日本美術をおもな領域とするライター、エディター。'16年4月より公益財団法人永青文庫副館長も務める。日本美術のわかりやすい解説が人気を呼び、テレビ番組への出演も。著書に『SHUNGART』(小学館)、『京都で日本美術をみる[京都国立博物館]』(集英社クリエイティブ)、編著に『日本美術全集』20巻(小学館)ほか。
意外と知らない!? 国宝の基礎知識
実樹 この秋、京都で国宝の展覧会が開催されるんですよね。
橋本 東京国立博物館では10年おきくらいに国宝展が開催されてきましたが、京都国立博物館では41年ぶり。京都国立博物館と「国宝」という言葉が誕生してともに120周年を迎える記念の展覧会です。
実樹 120年前というと…明治時代ですか?
橋本 そう、国宝はもともと明治維新後、多くの宝物の破壊や盗難、海外流出などを防ぐために、定められたのが始まり。1950年には〝文化財保護法〟が制定され、絵画や彫刻、工芸品、建造物といった重要文化財の中でも〝世界文化の見地から価値の高いもので、たぐいない国民の宝〟とされるものが、改めて国宝に指定されたんです。
実樹 何を国宝にするか、だれがどうやって決めているんですか?
橋本 毎年、文化庁の専門委員会が開かれて、複数の委員全員が賛成すれば国宝に認められます。
実樹 毎年増えるんですね。
橋本 今年は彫刻や書跡、古文書など7件が新たに国宝になりました。現在国宝は美術工芸品が885件、建造物を入れて1108件。ここしばらくは「47都道府県すべてに国宝を」という方針で、戦争で焼失した文化財が多い沖縄県と、歴史が比較的浅い北海道でも、ようやくひとつずつ指定されました。
実樹 国宝は古いものじゃないといけないんですか? 世界的に有名な現代美術などもありますが…。
橋本 国宝になるまでにはいくつかのステップが必要で、まず〝登録有形文化財〟に指定されるまでに制作から50年ほど。さらに数十年かけてやっと重要文化財になり、国宝になるまでにはまた時間がかかるので…。今いちばん新しい国宝は1909年につくられた旧東宮御所(迎賓館赤坂離宮)です。
実樹 建物は特に、いい状態で保存するのが難しそうですね。しまっておくことはできないし。
橋本 大切に保存することと、公開してみんなに楽しんでもらうバランスは、難しいせめぎあいです。文化財保護法では、年間60日は公開するよう目安を決めていますが、材質や保存状態によって劣化しやすいものもありますし、所有者の意向で10年間に1回、1週間しか公開されない作品もあるんですよ。ちなみに、国宝に限らず指定文化財の維持や修復にかかる費用は、所蔵者・都道府県・国の3者で3等分することになっています。
京都国立博物館「国宝展」の見どころは…?
実樹 〝国の宝〟が展覧会で一気に見られるのはありがたいですね。
橋本 日本美術に詳しくなくても、「国宝」はお墨付きの安心感がありますしね。それに、全国にある国宝をいつどこで見られるか情報収集するのは大変。まず展覧会でまとめて見て、自分がどんな作品やジャンルが好きなのかを見つける手がかりにするのはおすすめです。
実樹 作品について勉強して行ったほうがいいですよね? 私はよく音声ガイドを使うんですが…。
橋本 もちろんそれもいいんですが、予備知識なしで行って「きれい」「すごい」と直感で楽しむのも十分ありだと思いますよ。私は最初にザッと一周して目星をつけて、気に入ったものは2周目できちんと見るようにしています。頭からじっくり見て、後半で「今日のハイライト!」という作品が現れたとき、足が痛かったり疲れ果てていたらもったいないじゃないですか。気になった作品の背景は家に帰ってから調べればよし!
実樹 それくらい気楽に楽しめばいいんですね。…とはいえ、今回の展示の見どころも知りたい! 橋本さんのおすすめはなんですか?
橋本 そんなの、全部です(笑)! 好きなジャンルはありますか?
実樹 私は細かい細工が施された作品が好きですね。
▲A/時雨螺鈿鞍(しぐれらでんくら)
黒漆塗りの鞍に、松に絡みつく葛の葉が螺鈿で表現されている。よく見ると「恋・時雨・原」などの文字が配されていて、慈円の「わが恋は松を時雨にそめかねて 眞葛が原に風さわぐなり」(新古今和歌集)という歌が読み取れる。「すさまじい細工! 武将たちが晴れの場で自分の美意識を表現した勝負アイテムだったのでしょう」(橋本さん)
【10月3日~10月29日展示】鎌倉・14世紀 東京・永青文庫所蔵
橋本 だったら、「時雨螺鈿鞍」(A)などの漆工芸は面白いかもしれません。これは武将が馬にのせる鞍。戦場で武勲をあげたとき、だれの手柄なのか確認する目印になる甲かっ冑ちゅうや馬は、華やかに装飾することも多かったんです。
実樹 へぇ! 自分をキャラ立てする道具でもあったんですね。この燕子花の絵(B)は、実際もこんなに色鮮やかなんですか?
▲B/燕子花図屛風(かきつばたずびょうぶ) 尾形光琳(おがたこうりん)筆
現在は東京・根津美術館で毎年初夏に展示されている作品。実は大正時代はじめまで京都・西本願寺の所蔵で、今回が初めての里帰り。「パターン化された燕子花は着物の模様のようで、呉服商に育った光琳ならではの手法。公家の二条家に出入りするなど上流階級とも交流があった光琳のセンスはピカイチです!」(橋本さん)
【11月14日~11月26日展示】江戸・18世紀 東京・根津美術館所蔵
橋本 尾形光琳の「燕子花図屛風」ですね。18世紀に描かれて国宝の中では比較的新しいということもありますが、植物性の染料と違って岩を砕いてつくった顔料は色あせにくいんですよ。
実樹 すごくモダンでシャープ!
橋本 背景に貼られている金箔に秘密があって…。金箔はとても破れやすいのでつぎはぎしながら貼っていくんですが、この絵は縦方向にしか破れ目がないんです。茎や葉の縦のシャープなラインを強調するためだといわれていて、同じ〝琳派(りんぱ)〟の作品でも、こんな金箔の貼り方をしたものはほかにありません。とても手間がかかるので、懲りたのかも(笑)。
実樹 美意識の高さがわかります。
橋本 江戸時代の絵師は、決して身分の高い職業ではありません。ただ、尾形光琳は京都の超高級呉服商に生まれて、幼いころから美的センスを磨かれて育ちました。生家は破産してしまったんですが、センスを追求することやお金を使うことにためらいがないのは、やっぱり坊ちゃん育ちだから(笑)。
実樹 それでこんなに洗練されているんですね。あと、この雷様の絵(C)も有名ですね。
▲C/風神雷神図屛風(ふうじんらいじんずびょうぶ) 俵屋宗達(たわらやそうたつ)筆
桃山時代から江戸時代初期に京都で活躍し、〝琳派の祖〟と呼ばれる俵屋宗達。「史上最高のアートディレクター・本阿弥光悦と組んで、さまざまな傑作を生みだした俵屋宗達。この作品は俵屋宗達に憧れた尾形光琳によって約100年後に模写され、さらに約100年後には酒井抱一も模写。琳派の画風が継承されました」(橋本さん)
【10月3日~10月29日展示】江戸・17世紀 京都・建仁寺所蔵
橋本 「燕子花図屛風」からさかのぼること約100年、尾形光琳と同じ琳派の俵屋宗達による「風神雷神図屛風」(C)です。ちなみにこの〝琳派〟という呼び方が定着したのはここ40〜50年のこと。彼らは師匠・弟子関係でも血縁関係でもなく、ただ「この絵、いいよね」というリスペクトだけで作風がつながっているんです。また、琳派とはまったく異なる雪舟の「慧可断臂図」(D)も、実物の大きい絵で見てもらうと発見がありますよ。
▲D/慧可断臂図(えかだんぴず) 雪舟(せっしゅう)筆
雪舟の水墨画の中で唯一の人物画。描かれているのは、座禅を組んでいる禅宗の始祖・達磨と、弟子入りしたいと請う僧・慧可の姿。「入門が許されず、自分の腕を切り落として決意を示している僧の、実はドラマチックな物語が描かれています。モノトーンが基調ですが、原寸で見ると、慧可の腕に朱がにじんでいるのが見てとれます」(橋本さん)
【10月3日~10月29日展示】室町・明応5(1496)年 愛知・斉年寺所蔵
実樹 やっぱり京都に行かなくちゃ! 楽しみです。
京都国立博物館で「国宝」の展覧会が始まる!
京都国立博物館開館120周年記念 特別展覧会「国宝」
美術工芸品の国宝885件から約200件以上、考古、彫刻、絵画、書跡、染織、金工、漆工、陶磁などを幅広く展示。雪舟の国宝6件が1室に集結したり、中国絵画とその影響を受けた屛風画が同時に展示されたり見どころ満載。10月3日(火)~11月26日(日)の会期中、Ⅰ~Ⅳ期で展示替えされるので、見たい作品がある人は確認を。
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2017年Oggi10月号「大人になった今こそ、学びたい&知りたいコトがある! Oggi大学」より。
本誌掲載時スタッフ:撮影/為広麻里 スタイリスト/角田かおる ヘア&メーク/桑野泰成(ilumini.) モデル/有村実樹(本誌専属) 構成/酒井亜希子(スタッフ・オン)
再構成:Oggi.jp編集部