ファッションエディター 三尋木奈保が語る! しなやかでエレガントなトレンチコート
三尋木奈保
1973年生まれ。メーカー勤務後、雑誌好きが高じてファッションエディターに転身。装いと気持ちのかかわりを敏感にとらえた視点に支持が集まる。おしゃれルールをまとめた著書『マイ ベーシック ノート』(小学館)は2冊累計18万部のベストセラーに。
正統派のトレンチは、似合う自分になるまでゆっくりと「待つことを楽しむ」。だって人生、長いのですから!
「夏が終われば、トレンチの季節ですね。私の場合、春と秋で、手に取るものがはっきり異なります。春はリネンのガウン風タイプやツヤ素材のネイビーなど、わりと遊びのあるフェミニンなものを。
秋になると一転、いたって正統派のものが着たくなる。瑞々しくやわらかな風が抜ける春と、日に日に空気が引き締まり、気持ちが落ち着いていく秋。日本ならではの繊細な季節感の違いが、トレンチの選びにも表れるんですね。
秋に着るトレンチは、アクアスキュータムを愛用しています。1851年創業の、歴史あるロンドンのブランド。英国軍のためにつくられたという伝統的なディテールを受け継ぐ名品です。
若いころから憧れていたけれど、手に入れたのは40歳を過ぎてから。20代後半で初めて試着したとき「今の私では着られてしまっているなぁ」と痛感したんですよね。この風格に、まだまだ追いつかない。ここまで正統派のトラディショナルなアイテム―― しかもコートという大物は、年齢を重ねた肌や醸し出す貫禄が備わってこそかっこよく着られるものなんだ、と自覚しました」(三尋木さん)
「アクアスキュータム」のトレンチ
▲コート/本人私物
名品トレンチは無骨なイメージがあるかもしれませんが、アクアスキュータムは私の中では〝しなやかでエレガント〟。軽量なコットンポリエステルは品のいいツヤ感があり、ベルトを締めて袖をキュッとたくし上げるとドレスコートのような雰囲気になります
「それから十数年後、再び試着の機会があり、今度は驚くほど自分にしっくりくることに気づきました。手に入れるべきタイミングは、今なんだと。それはおしゃれも仕事も自分らしさを確立し、やっと自信と呼べるものが見えてきた時期と、ぴたりと重なったようにも思います。
若いときにしかできないおしゃれもあるけれど、年齢を重ねたからこそ似合うおしゃれもある。王道のトレンチに、遊びっぽい小物で「自分だけ」のハズシを加えたりして。流行に振り回されていない、力の抜けた余裕が生まれるのではないでしょうか。その服が似合う自分になりたいと、手に入れるまで待つことを楽しむ。それもおしゃれの醍醐味。だって人生、長いのですから!
どこから見ても美しいたたずまいだけど、個人的な高ポイントはラグラン袖であること。肩のラインが丸みをおびているので、かしこまりすぎない。今どきのシルエットの服ともなじみがよく、中に厚手のニットを着ても、肩周りがもたつきません。逆に、上質トレンチにありがちなセットインと呼ばれるコンパクトな肩のつくりは、少々古くさく見えるので注意が必要です。
春のトレンチはその年の気分で入れ替えがありそうですが、秋はこの先もずっと、アクアスキュータムを頼りにしています」(三尋木さん)
2021年Oggi10月号「私とおしゃれのモノ物語」より
撮影/生田昌士(hannah) プロップスタイリスト/郡山雅代(STASH) 構成/三尋木奈保
再構成/Oggi.jp編集部